LOGIN
大阪府八尾市。
森川智恵子は、スマートフォンの地図と目の前の住宅を交互に見比べた。
「……ここ?」
思わず声が漏れた。
地図に表示されている現在地に間違いはない。
予約完了メールに記載されていた住所とも一致している。
それでも智恵子は、もう一度スマートフォンを確認した。
玲玄心霊相談所。
そこには確かに、そう表示されている。
だが目の前にあるのは、どう見ても普通の一軒家だった。
古い住宅が並ぶ一角だった。
細い道の両側に、昔からここに建っているのだろう家々が並んでいる。建て替えられた新しい住宅も混じっているが、瓦屋根や低い塀の残る家も多い。
そのうちの一軒。
少しくすんだ瓦屋根。年季の入った門扉。塀の向こうには庭木がのぞいている。
寺でもなければ、何かの宗教施設にも見えない。
まして、テレビで見るような霊能者がいる場所にはまったく見えなかった。
智恵子は小さく息を吐いた。
ここまで来る途中、何度帰ろうと思ったか分からない。
そもそも自分がこんな場所へ来ることになるとは、半年前まで考えたこともなかった。
占いにも興味はなかった。
心霊番組もほとんど見ない。
霊能者と聞けば、まず「怪しい」と思う側の人間だった。
それが今、自分から霊能者を訪ねようとしている。
理由は一つしかない。
真琴だ。
一人娘の森川真琴が亡くなって、半年になる。
二十七歳だった。
夜、一人で歩いていた川沿いから転落した。
警察からは事故だろうと説明された。
欄干を越えた形跡もない。争った跡もない。誰かと一緒にいたという証拠もない。
酒も入っていた。
足を滑らせた可能性が高い。
智恵子も、最初はそう思おうとした。
事故だった。
運が悪かった。
どうしようもなかった。
そう思わなければ、とても耐えられなかった。
だが三週間ほど前から、おかしなことが始まった。
最初は夢だと思った。
夜中、真琴の声がした。
――お母さん。
目を覚ましても、もちろん誰もいない。
次は台所だった。
食器を片付けていたとき、背後で、
――お母さん。
確かに聞こえた。
振り返っても誰もいなかった。
自分が娘を亡くした悲しみでおかしくなったのだと思った。
病院へ行くべきなのかとも考えた。
だが、その声は少しずつはっきりしていった。
そして数日前。
眠ろうとしていた智恵子の耳元で、真琴はこう言った。
――圭吾に殺された。
智恵子はその夜、一睡もできなかった。
榊原圭吾。
真琴が以前付き合っていた男だ。
別れたあと、真琴がひどく落ち込んでいたことは知っている。
けれど、殺された?
そんな馬鹿な。
警察は事故だと言った。
それでも、もし。
もし本当に真琴が自分へ何かを伝えようとしているのなら。
その思いに取り憑かれるようになってから、智恵子はインターネットで霊能者を探した。
当然ながら、怪しげなサイトはいくらでも出てきた。
「あなたの先祖が怒っています」
「今すぐ浄化が必要です」
「このままでは家族にも災いが及びます」
そんな文句を見ただけで画面を閉じた。
その中で目に留まったのが、玲玄心霊相談所だった。
最初に驚いたのは、サイトが妙にまともだったことだ。
料金がはっきり書かれていた。
初回相談はいくら、通常相談はいくら、出張の場合はいくら。
「霊障かどうか分からない場合でも相談可」と書かれている一方で、「すべての問題を霊的現象として判断するわけではありません」という注意書きまであった。
予約もWebからできた。
希望日時を選び、簡単な相談内容を入力する。
個人情報の取り扱いについての説明まできちんと用意されていた。
霊能者のサイトなのに、下手な病院や店のサイトより分かりやすい。
そして「霊導師玲玄」という人物は、動画サイトでもそこそこ知られていた。
智恵子も予約する前に何本か見た。
長い黒髪の若い男だった。
いかにも、という姿だった。
だが話している内容は意外と冷静だった。
視聴者から送られた相談に、
『これは霊障とは考えにくいです。まず専門機関へ相談してください』
とはっきり答えている動画もあった。
少なくとも、何でも霊のせいにして金を取る人ではないらしい。
そう思ったから予約した。
それなのに。
実際に来てみると、この家である。
智恵子は門の脇に立てられた木製の看板を見た。
『玲玄心霊相談所』
その下に少し小さな文字で、
『霊視・除霊・因縁浄化・人生相談』
そして、
『完全予約制』
とある。
間違いない。
ここだ。
「……大丈夫よね」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
返事は当然なかった。
スマートフォンを見る。
予約時間の五分前。
ここまで来て帰るわけにはいかない。
それに。
智恵子はバッグの持ち手を握り直した。
真琴の声が、本当に真琴なのか。
それだけでも知りたかった。
あれが自分の幻聴なら、それでもいい。
病院へ行けばいいのだから。
でも、もし。
本当に真琴が何かを訴えているのだとしたら。
圭吾に殺された。
あの言葉が耳の奥に蘇る。
智恵子は一度だけ目を閉じた。
それから門を開け、玄関まで進んだ。
古い家だった。
だが手入れはされている。
玄関脇に、小さなインターホンがあった。
その横には、
『ご予約の方はインターホンを押してお待ちください』
と書かれている。
さらに、その下。
『犬がいます。扉を勝手に開けないでください』
「犬……?」
思わず呟いた。
ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
霊能相談所にしては、あまりに生活感のある注意書きだった。
だが、指を伸ばしたところで智恵子は止まった。
今ならまだ帰れる。
変なところだったらどうする。
高い壺でも売りつけられたら。
娘の死につけ込まれたら。
頭の中に、いくつもの不安が浮かぶ。
そのときだった。
――お母さん。
智恵子の背中が強張った。
耳元ではない。
頭の奥から聞こえたような気がした。
振り返る。
誰もいない。
古い住宅街の道があるだけだった。
風が庭木の葉を小さく揺らしている。
智恵子は唇を噛んだ。
そして今度こそ、インターホンを押した。
ピンポーン。
古い家には不釣り合いなほど、普通の電子音が鳴った。
数秒後。
玄関の向こうから、人が近づいてくる気配がした。
「それでは、こちらへ」湊が襖を開けた。智恵子は立ち上がり、玲玄へ頭を下げる。「今日は、ありがとうございました」「いえ」玲玄も軽く頭を下げた。「こちらで確認できることが分かりましたら、ご連絡します」「お願いします」智恵子はそう答えたものの、すぐには部屋を出られなかった。どうしても気になる。振り返る。自分が座っていた場所の後ろ。玲玄が何度も見ていたあたり。もちろん何も見えない。「……真琴は」声が漏れた。玲玄が顔を上げる。「はい」「私が帰ったら、どうなるんですか?」自分でも妙な質問だと思った。どうなる。どこへ行く。そんなこと、生きている人間についてなら聞く必要もない。けれど今、自分の目には見えない娘がこの部屋にいるという。自分だけ帰っていいのだろうか。真琴をここへ置いて帰るような気がして、急に不安になった。「真琴も、一緒に帰れるんでしょうか」玲玄の視線が智恵子の後ろへ移る。少しの間。それから、「今のところ、森川さんについて行くと思います」「今のところ?」言葉が引っかかった。玲玄は穏やかに説明する。「亡くなった方が、ずっと一か所にいるとは限りません」「そうなんですか」「はい。亡くなった場所にいる方もいますし、人についている方もいます。物の近くから離れない方もいます」智恵子は聞きながら、また後ろへ目を向けた。「真琴は、私についてるんですか?」「今は、そう見えます」「じゃあ……帰ったら、家にも?」「おそらく」胸の奥が少しだけ緩んだ。怖いと思うべきなのかもしれない。幽霊なのだから。それでも真琴なら、怖くはなかった。「私が話しかけたら、聞こえてるんでしょうか」「聞こえている可能性は高いです」「返事が聞こえなくても?」「はい」智恵子は唇を噛んだ。それなら。この半年間も。仏壇の前で話したこと。写真に向かって謝ったこと。今日あったことを何となく口にしたこと。あれも全部、聞いていたのだろうか。「先生」「はい」「真琴は……今、何か言ってます?」玲玄は一度、智恵子の背後を見た。数秒。「今は何も」「そうですか」少し残念だった。けれど同時に、ほっともした。これ以上何かを聞いたら、また立っていられなくなるような気もする。「また、真琴と話せますか?」「真琴さんがいれ
「……お願いします」智恵子がそう答えると、玲玄は小さく頷いた。「では、いくつか確認させてください」「はい」玲玄の声音は変わらない。真琴の霊がいるという話から一転して、ごく普通の相談のような言葉だった。湊がタブレットを手に取る。「答えにくいことは、無理に答えていただかなくても大丈夫です」玲玄が付け加えた。「分からないことは、分からないで構いません」智恵子は頷いた。先ほど、自分が娘のことを何も知らなかったように感じたのを察したのだろうか。そう思ったが、玲玄の顔からは分からない。「まず、榊原圭吾さんについて、森川さんがご存じのことを教えてください」「私が知ってること……」智恵子は記憶をたどった。「年は、真琴より五つ上やったと思います」「今なら三十二歳くらいですね」「はい。そのくらいです」「お仕事は?」「会社員とは聞いてました。でも、詳しくは……」会社の名前までは知らない。どんな仕事をしているのかも、真琴から詳しく聞いた覚えはなかった。玲玄はそれ以上追及しなかった。「お住まいは?」「大阪市内やったと思います」「住所は?」「分かりました」また、その言葉だった。分からないことを答えるたび、責められるのではないかと身構えてしまう。だが玲玄は何も言わない。湊も淡々と記録している。「真琴さんと交際を始めたのが、およそ三年前」「はい」「別れたのが、亡くなる半年ほど前」「……たぶん」智恵子は少し迷った。「正確な時期は分からないです」「構いません」玲玄は続けた。「真琴さんが亡くなられたのは?」「三月十七日です」日付だけは、考えるまでもなく出てきた。忘れるはずがない。「時間は分かりますか?」「見つかったのは、次の日の朝です」智恵子は指を握り合わせた。「警察の人の話では、亡くなったのは夜の十時から十二時くらいじゃないかって」「三月十七日の午後十時から、十八日の午前零時頃」湊が確認する。「はい」「場所は?」智恵子が川の名前と、おおよその場所を伝える。湊の指が動いた。玲玄はその間、何も言わず聞いていた。「真琴さんは、その日どこへ行くと?」「それが……」智恵子は首を振った。「何も聞いてないんです」その日は仕事だった。真琴はいつも通り朝に家を出た。「仕事が終わったあと、そのまま帰
おミツが再び羽虫を追い始めたころ、智恵子の意識は自然と圭吾へ戻っていた。ほんの少しだけ緩んだ胸が、また重くなる。真琴はここにいる。玲玄には、その姿が見えている。声も聞こえている。そして真琴は、はっきり言った。圭吾に殺された。なら。「先生」智恵子はハンカチを握り直した。「はい」「私……警察に行った方がいいんでしょうか」玲玄はすぐには答えなかった。智恵子の後ろへ一度視線を向け、それからこちらを見る。「今の状態で行っても、難しいでしょうね」「難しい?」「はい」思っていた答えではなかった。智恵子は眉を寄せる。「でも、真琴が圭吾に殺されたって」「はい」「先生にもそう言ったんですよね?」「言いました」「だったら……」言葉が続かない。何が問題なのか分からなかった。玲玄は真琴が見えると言った。実際、誰も教えていない娘の名前を知っていた。服装まで当てた。圭吾の名前も、智恵子が口にする前に知っていた。その真琴本人が、殺されたと言っている。それなのに。玲玄はまるで、まだ何も始まっていないかのような顔をしていた。「森川さん」声は穏やかだった。「はい」「警察へ行って、何と説明されますか?」「何って……」「娘さんが元交際相手に殺された、と?」「はい」「その根拠は?」智恵子は言葉に詰まった。「真琴が……」そこまで言って、自分でも気づいた。玲玄は責めるような顔をしない。ただ続きを待っている。智恵子は小さな声で言った。「真琴の霊が、そう言ってるって……」「そうですね」玲玄が頷く。「警察に『亡くなった娘の霊が、元恋人に殺されたと言っています』と話して、捜査してもらえると思いますか?」智恵子は何も言えなかった。少し考えれば分かることだった。警察へ行く。受付で事情を話す。娘の幽霊が犯人を教えてくれました。そんな話をしたら、どう思われるだろう。まともに取り合ってもらえるとは思えない。場合によっては、自分の精神状態を心配されるかもしれない。「でも……」それでも納得できなかった。「本当に真琴が言ってるんですよね?」「はい」「先生には聞こえてる」「聞こえています」「だったら、何か……」玲玄は静かに言った。「霊が何を言ったかと、現実に何があったかは別です」智恵子は玲玄を見つめた。
しばらく、誰も口を開かなかった。智恵子はハンカチを膝の上へ置いた。真琴がそこにいる。そう思うだけで、何度も後ろを振り返りたくなる。けれど、見ても何も見えないことはもう分かっていた。代わりに玲玄を見る。玲玄は先ほどと変わらず、静かな顔をしている。真琴の声が聞こえた。そう言った。それなのに、娘の話をそのまま事実とは受け取らない。そのことが、智恵子にはまだ理解できなかった。圭吾に殺された。真琴はそう言っているのに。そのとき。カリ。小さな音がした。智恵子が顔を上げる。カリカリ。今度ははっきり聞こえた。襖の向こうだ。湊がそちらを見る。また、カリカリ。少し間を置いて、「にゃあ」智恵子は瞬きをした。湊が困ったような顔をする。「来ましたね」「猫ですか?」智恵子が尋ねると、湊が頷いた。「たぶん」襖の向こうから、もう一度。「にゃあ」今度は少し長い。玲玄が小さく息を吐いた。「開けてやってください」「いいんですか?」「開けへんかったら、ずっとやります」一瞬。智恵子は玲玄を見た。今の言い方。それまでの丁寧な標準語とは、ほんの少し違った気がした。だが玲玄は何事もなかったように座っている。湊も特に反応しない。「分かりました」湊が立ち上がり、襖を少し開けた。すぐに、小さな頭が隙間から入ってくる。三毛猫だった。白を基調に、黒と茶の毛が不規則に混じっている。顔を覗かせたかと思うと、遠慮する様子もなくするりと部屋へ入ってきた。「おミツ」玲玄が呼ぶ。猫は反応しない。そのまま真っ直ぐ畳の上を歩いていく。「お前、今仕事中やぞ」玲玄が言った。やはり少しだけ、先ほどまでと口調が違う。おミツは当然のように無視した。智恵子は思わず口元を緩めた。先ほどまで、殺された。警察。圭吾。そんな言葉ばかりが飛び交っていた部屋へ、急に猫が入ってきた。しかも、霊能者の言うことなどまるで聞いていない。おミツは座卓の横を通り過ぎる。玲玄が手を伸ばしかけたが、猫はその直前でするりと方向を変えた。湊の足元へ行く。「……お前な」玲玄が小さく呟く。智恵子は、また少しだけ笑った。その声に気づいたのか、玲玄がこちらを見る。「すみません。邪魔でしたら出しますので」「いえ」智恵子は首を振った。「大丈夫で
「本人に、もう一度聞いてみます」玲玄はそう言うと、智恵子から視線を外した。向いた先は、やはり智恵子の後ろだった。誰もいないはずの場所。少なくとも、智恵子には何も見えない。玲玄はしばらく黙っている。まるで、そこに立っている誰かと向き合っているようだった。智恵子は息を呑んだ。「真琴さん」玲玄が静かに呼びかける。それだけで、智恵子の胸が大きく鳴った。「確認させてください」玲玄の目は、智恵子の後ろから動かない。「圭吾さんが、あなたを殺したんですか?」沈黙。時計の音だけが聞こえる。カチ。カチ。カチ。智恵子には何も聞こえなかった。思わず振り返る。襖。畳。壁際の棚。そこに誰かがいるようには見えない。「真琴……?」呼んでも返事はなかった。けれど玲玄は、まだ同じ場所を見ている。その顔つきが、ほんの少しだけ変わった。何かを聞いた。智恵子には、そう見えた。玲玄が僅かに首を傾ける。しばらくして、「……そうですか」と答えた。智恵子はたまらず身を乗り出した。「先生」玲玄がこちらを見る。「真琴は……何て?」玲玄はすぐには答えなかった。ほんの数秒。それから、静かに告げる。「圭吾さんに殺された、と言っています」智恵子の頭の中が真っ白になった。「……やっぱり」声にならないような声が漏れた。胸の奥に押し込めていたものが、一気に崩れる。「やっぱり真琴やったんや……」両手で口を覆った。涙が溢れた。「私がおかしくなったんちゃうかった……」あの声は幻聴ではなかった。自分が娘を亡くした悲しみでおかしくなったわけではない。真琴だった。本当に真琴が自分へ訴えていた。そう思った瞬間、安心とはまるで違う感情が押し寄せてきた。恐怖。後悔。そして怒り。智恵子は振り返った。何も見えない。それでも、その場所へ向かって呼びかけた。「真琴」声が震える。「真琴、ごめんな」返事はない。「お母さん、事故やと思ってた」涙で視界がぼやける。「警察の人も事故やって言うし……お酒飲んでたから、足滑らせたんやろって」自分に言い聞かせてきた言葉だった。事故だった。誰にもどうしようもなかった。そう思うしかなかった。「ごめんな、真琴」ハンカチで目を押さえる。「信じてあげられへんかった」玲玄は黙っていた。
「娘が……真琴が、そこにいるんですか?」智恵子の声は震えていた。玲玄はすぐには答えなかった。智恵子の顔ではなく、その肩越しへ視線を向ける。そこに誰かが立っている。やはり、そうとしか思えない目だった。数秒して、玲玄が口を開いた。「今、森川さんの後ろに若い女性がいます」智恵子は息を呑んだ。振り返りそうになって、やめる。先ほども見た。何もいなかった。「若い……女性?」「はい」「それが……真琴なんですか?」「まだ、私からは断定しません」玲玄の答えは慎重だった。「ただ、二十代くらいの女性です」智恵子の指が、膝の上で強く絡み合う。玲玄は視線を後ろへ向けたまま続けた。「髪は肩より少し下くらいまでありますね。真っ直ぐではなくて、少し癖があります」智恵子の喉が動いた。真琴は、生まれつき少し髪に癖があった。本人はそれを嫌って、よく美容院で縮毛矯正をしていた。亡くなる少し前は、それをやめていた。「服は……白っぽい上着です。胸元に小さな……」玲玄が少し目を細める。「花でしょうか。刺繍があります」智恵子が口元を押さえた。「それ……」声が出ない。「それ、真琴です」玲玄が智恵子を見る。「そうですか」「その服、持ってました」言葉が止まらなくなる。「白いカーディガンで、胸のところに小さい花があって……あの子、よく着てたんです。派手なの嫌いやったから」智恵子の目から、また涙がこぼれた。「先生、それ真琴です」玲玄は「やはり」とも言わなかった。ただ小さく頷いただけだった。そして、もう一度その背後を見る。「……そうですか」まただ。誰かと話している。智恵子には何も聞こえない。けれど、玲玄には何かが聞こえている。そう思うと、胸の奥がざわついた。怖い。けれど、それ以上に。会いたい。「真琴は……何か言ってますか?」智恵子が尋ねる。玲玄は少し黙った。背後を見る。何かを待っているようだった。やがて、「いくつか」と答えた。「何て?」思わず身を乗り出す。しかし玲玄は、すぐには伝えなかった。「順番に確認します」「でも……」「森川さん」声は穏やかだった。それでも、言葉を遮るだけの強さがあった。「私に見えているものと、森川さんが知っていることを、一つずつ合わせていきましょう」「……はい」智恵